若き日の思い出 2006北海道編 サロマ湖→留萌
院長の思い出はサロマ湖に沈んだのですか
前回投稿から2年以上。院長はサロマ湖で溺れてしまったのか?
やっと出発です。
(忙しさを言い訳にしています。数少ない?院長ブログのファンの皆様申し訳ありません。)
7月14日 午前5時

今日の目的地は遠い。富良野・美瑛の田園ルートを抜け旭川から名寄、音威子府を経由して最北端稚内を目指す。さらに絶景の海岸線・オロロンラインを南下して留萌でキャンプする、という計画である。
旅も後半、バテているであろうことは容易に想像できたはずだ。見どころが少ない割にルートが長いのは、計画段階で既に私が「やっつけモード」に突入していたせいである。本州に置き換えると静岡市を出発して長野市まで高速、そこから飛騨高山まで一般道、滋賀県大津市まで一般道、という移動になる。

新得から富良野はすぐだった。有名な、ファーム富田の「パッチワークの丘」はまだ閉園しているが、柵がないので忍び込んで写真を撮る。ラベンダーの香りに癒されるが、まだ先は長い。
北上し美瑛へ。「ラッキーセブンの木」なのか、それに似た違う木なのか、確かめる手段が無いので写真に収めて良しとする。当時はまだリンゴマークのスマートフォンなんて無かったのですよね。J-phoneか、頑張ってもVodafoneですよ。北海道のコンビニ、セイコーマートで朝食のコーンパンを食べ、いよいよ長い北上ルートに入る。
同日 午前11時
2006年当時は北海道縦貫道は名寄インターまでしか開通していなかった。原生林の中一般道に下りたあとは何の目印もない道路を地図頼りに北上する。美深、音威子府、ちょっと待て。限界が近い。ここまでずっと私の自重とバイクの振動の両面に挟まれてきた私の尻肉が、ここまで黙って健気に耐えてくれていたのだが、結構強めに訴えかけてきた。尻が、痛い。
このシンプルかつ重大な問題に対応すべく、音威子府の道の駅でラーメンを啜りながら考える。私の尻の痛みは、坐骨部の、おそらく軽度の褥瘡である。この食堂の座布団であれば多少は緩和されるが、V-maxのレザーシートはとても固く、この痛みをさらに悪化させてしまうだろう。座布団を盗っていくか。そんな悪事をやったら網走刑務所に逆戻りだ。音威子府から北に上がれば120㎞ほどで稚内。120㎞⁉と、思わず地図を2度見する。この疲労度から言って頭のおかしい数字である。
音威子府は北上の道国道275号と西に折れる道国道40号の分岐点である。西・左に折れれば海岸線・オロロンラインの中盤に合流し、それを下れば150㎞で留萌に着く。稚内経由で留萌ならば120㎞×2+150㎞。あと約400㎞。時間にして約5時間。ダーメです。褥瘡が原因で私は北海道の原野に散ることになります。
これまでの人生で多少の無理は踏み越えてきたつもりだが、今回ばかりは無理だ。と、妙に冷静な自分が語り出す。昨日までとても楽しかった。発見も多かった。尻に傷を負って思い出を台無しにしたいのか?稚内は来年の目標でも良いんじゃないか?無事に帰れなければ競馬の儲けどころの騒ぎじゃないぞ。
ヘルメットを被り、右の親指でエンジンをかける。良い音だ。左の親指にはウインカーのスイッチ。左へ弾く。ウインカー、左だ。勢いよく走りだす。いくらか尻の痛みは治まっている。諦めた?違う。来年への目標を見つけにここまで来たのだ。来年もまた、この分岐点を通ってやるさ。必ずな。
同日 午後2時
曇りから若干の雨模様の日本海は、初夏とは思えない程寒かった。つい昨日まで会っていた穏やかな太平洋とは大違いだ。絶景スポット by ゼロ円旅行 のはずなのだが、侘しい漁村の風景しか見えてこない。こんな天候で海辺の砂浜にテントを張ってキャンプするなど、無理が過ぎる。バイクにしがみついている尻と腰と腕と肩の痛みは電撃痛になっている。
この痛みを取るには温泉しかない。今更「何がゼロ円だ」と文句をつけたくなる北海道ゼロ円マップを広げ、道端の電話ボックスから留萌の温泉宿「神居岩温泉」に連絡を取る。幸運にも空きがあり、素泊まりだが温泉は入れる。良かった……留萌までは頑張れる。頑張ろう。旅行前にド〇・キホーテで買った一人用テントはこの時点で北海道に運搬されただけの重い荷物になった。要らなかったな。
同日 午後5時
留萌に入ったころにはもう夕暮れだったが、北海道の絶景スポットの一つと言われる留萌黄金岬に沈む夕日に間に合った。いつもは無理してなんとかすることが多いが、今回は無理をせず稚内を諦めたことが好転したと言える。バイクを降りて海浜公園で少し体を伸ばした後は、宿に荷下ろししてから夕食である。

ここが今日の目標だった。留萌、蛇の目寿司。ゼロ円マップで「ここだけは絶対に行っておけ」の超おススメ寿司屋である。ここまでゼロ円マップの評価はダダ下がっているが、私はまだ信じているぞ。
寿司屋で一度は言ってみたい。これまでの人生で初、絶対に言おうと思っていた言葉を、暖簾をくぐった瞬間に早とちりして言ってしまった。
「これで!好きに握ってくだせぇ」 言葉の最後が尻すぼみでカッコ悪くなってしまった。その上右手に握られているのが諭吉の一万円札ではなく稲造の五千円札なところがまた絶妙にカッコ悪い。大将の目がキラリと光る。
「苦手なもの、有りませんね?」お互いの刀の切っ先は触れ合った。さあ、勝負だ。
白身から赤身、あなご、うに、いくら。さすが北海道。素晴らしい。口の中で海鮮と酢飯がトロける感じがたまりませんな!さらに茶碗蒸しまで来た。大満足です。ありがとう。と思ったら、同じ寿司皿がもう一枚来た。ええ!こんなに食べられるんです?なるほど、これは参りました。私の負けです。ありがとうございます、とっても美味しいです。
体の痛みを忘れるほど感動した。半泣きになりながら寿司を平らげ、温泉につかり温かい布団の上で就寝。音威子府の交差点も、テントもゼロ円マップも、全て許せた。今日はこれで良かったんだ。
あれから20年が経った。そこそこの経験を積み、そこそこの寿司を食べる機会が幾度もあったが、あの日あの時の蛇の目寿司を超える体験は未だにない、至高の食事だった。「写ルンです」で撮影した写真も紛失?してしまい、完全に私の思い出の中でしか存在しないが、私はこの時の蛇の目寿司をずっと忘れないだろう。
明日は札幌だ。函館の帰路は着実に近づいている。(次の更新がいつになるかわかりません。)


